いぃ那珂暮らしの人々 vol.30
シンプルなパンづくりを究めながら、
いろんな文化を楽しめる場をつくりたい。
寺内 健輔さん
- 2025年に神奈川県秦野市からUターン移住
- パン店「PANYANOTERA」を経営

自分の理想とするパン屋に出会った。
那珂市菅谷地区の中心部、那珂バイパスから東へ一本細い道を入ると古民家風の建物が見えてきます。重厚な伝統の寄棟屋根に真新しい白壁と大きな窓が印象的で、何のお店だろうと思わず覗いてみたくなるような外観です。入口にあるレトロでおしゃれなランプが照らすプレートには「PANYANOTERA」とあります。
ここは寺内健輔さんが営むパン店。祖父母が暮らしていた住まいをリノベーションし、2025年2月に開業しました。実は寺内さんは那珂市の出身。大学進学を機に上京し音楽に没頭、バンドを組み卒業後も活動を続けます。当初のハードコアからミニマルミュージックに路線を変え、寺内さんは会社に勤めながら、週末はマリンバ奏者として音楽活動をする生活をしていました。そこからさまざまな出会いを通じて、パン職人になることを志したといいます。
「よく全国各地で演奏していたんですが、いろんなところで僕らのようなミュージシャンを迎えてくれる場所があるんです。ライブハウスだけじゃなくて、カフェやギャラリーだったり。そういう場所でライブをするうちに、美味しいごはんと一緒にいろんなアーティストの音楽を楽しめる、そんな空間を自分も提供できたらいいなと思えてきて。でもレストランをやるほどの腕はないし、と考えていたら彼女(地元で中学生からのお付き合い)がパン好きだったことを思い出したんです。“パン屋で音楽が楽しめる場所”って面白いかも!と二人で盛り上がっていました」
そんな頃、寺内さんは神奈川県二宮町にある著名なパン屋「Boulangerie Yamashita(ブーランジェリー ヤマシタ)」を紹介されます。この店が人々を惹きつけるのは、店主・山下雄作さんの“パンを通して愛を配る”精神と、作り手の温もりが伝わる空間。そして空間にさまざまなアーティストの作品を展示したりライブをしたりして、文化や人との繋がりも大切にすること。 「僕もここでライブをすることになり、打ち合わせで山下さんの店に行ったんです。すると、そこはまさに自分の理想としている店の姿で。こういうパン屋さんいいですね、と言うと、山下さんが“じゃあ、働く?”と!! もう次の日には、勤めていた会社に辞表を出しましたよ。それからパン修行の生活が始まりました」

定番となるシンプルなパン作りに全力を注ぐ。
7年間の修行を積み、そろそろ独立を考えていた寺内さん。店とする物件を神奈川県内で探し始めますが、なかなか理想とするところが見つからなかったそうです。
「ある日、那珂市の実家に帰省すると、隣にある祖父母が住んでいた空き家を店にしたら?と父親に言われて。まさか実家で店を開くなんて想定外でしたが、考えてみればまわりに自分がやりたいような店はないし、空き家の状態もよかったので、ここを改装して店を開くことに決めました」
2024年8月、寺内さんは結婚した奥様とともに那珂市へUターン移住。地域の高齢の大工さんを頭とする三人で地道に古民家をリノベーション。翌年、パン屋を開業しました。
店のコンセプトは「シンプルな日常のパン」。これは修行した山下さんの影響によるもので、寺内さんはこれをさらに自分なりの特色として、毎日食べても飽きずに食べやすいパンを目指しています。
「材料の小麦は海外のものでなく、水分を吸収しやすい国産の小麦粉を選んでいます。他のものだと、焼いて日が経つとパサパサするものが多いんですね。やはり口溶けのいいものが、日本人に合うと思っていますから」
厳選する材料はカンパーニュに使用している全粒粉のほか、3種類のレーズン、イチジク、あんパンの小豆を炊く際の砂糖、そこにのせる黒ゴマまでオーガニックです。 「僕はただ有機ものを信奉しているわけではなく、いくつも候補を探して自分の舌で確かめた上で結果的にそれらを選んでいるだけなんです。もともと自分の食生活でそういう選び方をしているので。有機は農薬を使わないで作物を育てるから、生産者はたくさん世話しなきゃいけませんが、あれこれ手間暇かけたり生育に気をつかっているものは、やっぱり結果としての味わいが全然違うんですよね」
店に並ぶパンは、有機グリーンレーズンから育てた自家製酵母を使用した生地からなるバゲットやカンパーニュ、食パン、あんパン、塩クルミパンなどシンプルなものが9種類。一般のパン店に比べ種類は少ないかもしれません。
「僕は気をてらったことがしたくなくて、例えば“バゲットならこれ”という定番を作りたいんです。シンプルなものは偽れません。ちゃんといい材料で適切な作り方でやらないとシンプルなものは美味しくなれないんです。だから一人で全力を注ぐと、種類は多く作れません。この9種類を同じ熱量とクオリティでていねいに作りたい。全部、自分の子どもを育てるような気持ちで臨んでいます」

パンとさまざまな文化が香る店を。
取材をしている間、お客さまの出入りは途切れることがなく、パンとコーヒーが楽しめるイートインスペース“chanoma”でのんびりくつろぐお客さまが何組も。中には毎週やってくる常連さんもいらっしゃるそうです。寺内さん、開業してみて今はどんな心境なのでしょう。
「こうして店のパンを気に入ってくれる人がいるのが率直に嬉しいですね。自分のパンを認めてくれた証拠じゃないですか。これって開業するまでは全くわからなかった感覚だから。喜んでくれる人を見ると、この店をはじめる価値があったんだなと思いますね」
職人として歩みはじめ、パン作りに心血を注ぐ生活。今はこれが手いっぱいで、当初の目的であったさまざまなアーティストの作品展示やライブはこれから徐々に進めていきたいと寺内さんは語ります。
「月に一回くらいは面白いことをしたいですね。さまざまな分野の作家さんやミュージシャンをゲストに呼んで、地域のお客さまにいろんな文化を楽しんでいただく。そんなひとときを、これからつくれたらと考えています」
さらに、自分で麦を育てて完全にこれが自分と言えるパンを作りたい。野菜も自家栽培してサンドイッチも作れたら…。寺内さんは日々パン生地をこねながら、そんな夢も膨らませているそうです。

PANYANOTERA
那珂市菅谷2208-4
OPEN 11:00-CLOSE 17:30(パンが無くなり次第終了)
[定休日]火曜、水曜、木曜(祝日の場合は営業)
https://www.instagram.com/panyanotera/
